中緯度短波レーダー(北海道短波レーダー)による電離圏・熱圏・上部中間圏ダイナミクスの研究計画 (2004年6月)
メンバー
グループメンバー
西谷 望・小川忠彦・菊池 崇・大塚雄一・塩川和夫・他
所外共同研究者
斉藤昭則 (京都大学)、細川敬祐(電気通信大学)、 佐藤夏雄・山岸久雄・行松 彰(国立極地研究所)他
目的
北海道に大型短波レーダーを設置し、地理緯度45-75度(磁気緯度38-68度)の電離圏・熱圏及び上部中間圏のダイナミクスを研究する。南・北極域では、国際協力でSuperDARNレーダー網が整備されて高緯度(磁気緯度60度以上)の磁気圏・電離圏研究が進められている。本計画ではSuperDARNレーダーと同規模のレーダーを中緯度に初めて設置することにより、現存のSuperDARNでは観測不可能な緯度域において、電離圏・熱圏・上部中間圏ダイナミクスの研究を行う。 |
背景
現在全世界的にはSuperDARN (Super Dual Auroral Radar Network)が南北両極域に展開し、現在北半球に9基、南半球に6基のレーダーが稼働している。一方で、現存のSuperDARNの観測範囲は極域(F層電離圏観測の有効視野は地磁気緯度で60度以上)に限られている。もしも中緯度の北海道領域に本格的な短波レーダーを設置すれば、中緯度(地磁気緯度約40-50度)からサブオーロラ帯領域(地磁気緯度約50-60度)にわたる広範囲の観測が可能となる。 Fig. 北半球および南半球の極域における現在のSuperDARNレーダーの視野分布。 座標は地磁気座標系(AACGM coordinates)である。
Fig. 北半球および南半球の極域における現在のSuperDARNレーダーの視野分布。 座標は地磁気座標系(AACGM coordinates)である。 |
期待される研究成果
1. 高地磁気活動時のグローバル電離圏対流ダイナミクス
現在の SuperDARNレーダーはすべて地磁気緯度で54度よりも極側にあり、F層電離圏を観測できる有効視野は、すべて地磁気緯度で約60度より極側にあたる。通常の地磁気活動度では対流の活動領域は現存レーダーの視野でカバーできるが、地磁気の活動が活発になってくると、対流領域が低緯度側に拡大し、現存レーダーではその動向を捕らえられなくなってくる。極端な場合においては対流領域が地磁気緯度50度付近まで拡大しており、重要な活動擾乱領域を既存の SuperDARNレーダーでモニターすることは不可能である。本研究計画によりSuperDARNネットワークがカバーする範囲を地磁気緯度40度付近まで拡大すれは、擾乱時における対流領域の分布ならび極冠域にかかる電場の総電位差を継続的に観測することが可能になる。
2. 地磁気嵐時における電場の低緯度側への侵入メカニズム
太陽風と地球磁気圏の相互作用により励起された対流電場は、ほぼ瞬時にして高緯度領域から中低緯度領域に伝えられる。この情報伝達のメカニズムとして、電離圏と地表面から構成される導波管モードが提案されているが、未だに間接的な状況証拠しか観測されていない。本研究では、サブオーロラ帯から中緯度領域の広範囲にわたって継続的な電場観測を行うことにより、高緯度から中緯度領域への電場情報の伝達過程を明らかにする。
3.トラフ・オーロラ帯低緯度側境界領域の研究
夕方側オーロラ帯の低緯度側境界領域においては、地磁気活動擾乱時に電離圏電子密度が非常に低い領域(トラフ領域)や、局在化した高速の西向き対流領域(polarization jet領域)が出現する。この局在化した対流に関連して、オーロラ帯低緯度境界領域が波状構造になる現象(giant undulation)もよく知られている。これらの現象の成因については様々なモデルがあるものの、根本的な物理メカニズムの理解にまではまだ至っていない。本研究では、従来不可能であったサブオーロラ帯での2次元の高時間分解能電場観測を実現することにより、上記現象の物理メカニズムの謎に迫る。
4. 低緯度オーロラ・SARアーク等の現象発生メカニズムの研究
太陽活動が活発な時期においては、通常高緯度領域で見られるオーロラがより低緯度領域まで拡大し、時には北海道で観測されることもある。このような低緯度でオーロラを光らせるメカニズムとして様々なモデルが提案されているが、最終的な結論は得られていない。これは、オーロラ発光に非常に重要な役割を果たす電場の観測網が整備されていないことが、大きな要因として挙げられる。本研究では、低緯度オーロラの発光領域付近の電場分布を観測することにより、オーロラ発光の物理過程を明らかにする。
5. サブオーロラ帯から中緯度領域におけるULF波動の研究
プラズマポーズ(地磁気緯度約60度)付近におけるULF波動の観測は、プラズマ圏の状態をモニターする上で非常に重要である。また、ULF波動は、内部磁気圏におけるプラズマの加熱・エネルギー変換過程において非常に重要な役割を果たしていると考えられている。しかしながら、この領域における継続的な電場観測手段はまだ充実していない。本研究テーマでは、新たに設置するレーダーにより中緯度からsubauroral帯におけるULF波動を継続的に観測することにより、プラズマ圏の特性およびダイナミクスを研究すると同時に、内部磁気圏内におけるプラズマ加熱・エネルギー変換過程の謎に迫る。
6. 中緯度電離圏イレギュラリティ生成メカニズムの研究
短波レーダーの電波が電離圏エコーとして戻ってくるためには、電離圏中にレーダー電波の波長の1/2の大きさのスケールを持つ電離圏プラズマの不規則構造 (イレギュラリティ)が必要である。このイレギュラリティは幅広い緯度領域に存在しうることがわかっているが、その生成メカニズムについては不明な点が数多く残されている。本研究テーマは、電離圏エコーの観測から電離圏イレギュラリティ生成の条件を明らかにし、そこから生成の物理メカニズムの解明を進めることを目的とする。
7. 電離圏下部・熱圏における内部重力波およびプラズマ不安定現象の研究
熱圏においては、中性大気とプラズマの密度は大気重力波やその他の過程により振動している(TID)。大気重力波の成因は、下層大気起源と高緯度電離圏のオーロラジェットによるジュール加熱とされているが、よく分かっていない。特に、中緯度で観測される熱圏重力波の性質は不明な点が多い。また、夜側で観測される中規模TIDについては、重力波ではなく局所的なプラズマ不安定によるものであるとされているが、その生成・発達過程については多くの謎が残されている。本研究テーマでは、中緯度の短波レーダーでTID現象等を通じて内部重力波やプラズマ不安定現象を観測し、アラスカ・シベリア地方におけるSuperDARNや極域地磁気データを使用して統計的な相関関係を調べることにより、内部重力波の発生メカニズムや伝搬方向、プラズマ不安定の発達過程を解明する。また、国内の夜間大気光観測(OMTI)やGPS衛星によるTID観測とも連携し、地理緯度30-70度域におけるTID/重力波伝搬過程/プラズマ不安定発達過程を研究する。
8. 流星エコーによる下部熱圏中性風の研究
SuperDARNネットワークでは、非常に近いレンジにおいて頻繁にエコーが観測されており、これは高度80-100 kmの流星エコーであると考えられている。このエコー域は電離圏下部の中性風と同じ速度で移動するため、流星エコーのドップラー速度を観測することにより中性風の速度を知ることができる。極域においてはSuperDARNのデータを使用した研究が行われているが、短波レーダーを用いた中緯度での観測例はほとんどない。本研究では、中緯度の短波レーダーで取得されるデータを活用することにより、中・高緯度領域における下部熱圏中性風のダイナミクスを調べる。従来の流星レーダーでは、観測点近傍のみの中性風が観測できるが、本レーダーはもっと広域の観測が可能である。さらに、稚内や山川等にあるMFレーダー(中間圏上部の風系を観測できる)やMUレーダー等との連携を行うことにより、広領域にわたる中性風のダイナミクスをとらえることができる。
9. 夏期中間圏エコー観測による上部中間圏の研究
北極(地理緯度55度以上)の上部中間圏では、夏期において特徴的なPMSE(Polar Mesospheric Summer Echoes)がMSTレーダーやEISCATレーダー等により観測されている。PMSEは人間活動に伴う中間圏界面の低温化と密接に関連していることが指摘されており、その出現頻度は年々増加傾向にある。最近では、南極でもPMSEが観測され始めており、南極の中間圏界面でも低温下が進んでいることを窺わせる。本研究では、このようなPMSEエコーが日本付近の中緯度地方でも存在するかどうか(すなわち、中間圏界面の低温下が進行しているのかどうか)を検証し、その成因を解明する。
プロジェクトの特徴
本研究以前に試験的に運用された試験用母子里短波レーダーは国立極地研究所や通信総合研究所との共同研究が軸になっており、今回の研究計画においても密接な相互協力を行っていく予定である。また、SuperDARN国際プロジェクトとの連携を念頭に置き、SuperDARNネットワークに参加する予定である。現時点では中緯度の電離圏・熱圏・上部中間圏を2次元的に継続して観測する唯一の手段であり、上記領域の研究において不可欠なレーダーである。